アナザヘヴン~eclipse~
2000年4月20日~6月29日
第10話:紀子を巡る“争奪戦”の行き着く先
物語はいよいよ終盤に突入し、第10話では紀子(本上まなみ)を巡る緊張感が一気に高まります。悟郎(大沢たかお)、そして亜希美(室井滋)──ここにきて亜希美の明確な裏切りが描かれ、状況は一気に混沌へ・・・
ただ正直、ここまでくると紀子の描かれ方は「守るべきヒロイン」というより、精神的にかなり不安定で、観ていて感情移入しづらい存在になってしまった印象も否めません。メンヘラな感じで、「悟郎・・・悟郎」と連発。最初のクールな印象から真逆のキャラになってしまったのかなってちょっと感じてしまいました。
“かわいそう”を通り越して、「またか…」という気持ちが先に立ってしまう瞬間もありました。それでも誰が紀子を手に入れるのか?という構図自体は非常にスリリングで、追う側・追われる側の緊張感はしっかりと維持されていたと思います。
物語としては、ラストへ向けた助走としての役割をきちんと果たしている回だったと感じました。
第11話:すべてが明かされる“答え”
最終話となる第11話では、これまで張り巡らされてきた謎の全貌が明らかになります。そして各キャラクターの行く末も描かれ、「物語としての決着」は確かにつけられました。
しかし、個人的には消化不良感が強く残るラストでした。理解はできるものの感情的に腑に落ちるかと言われると、首をかしげてしまう部分が非常に多いかも・・・
特に、ここまで積み重ねてきた不気味さや得体の知れなさが、説明される事で一気に軽くになってしまったようにも感じました。今までの流れからすると肩透かし感も否めない気が・・・
総括:『アナザヘヴン』という作品の難しさ
改めて全話を通して振り返ると、序盤の引き込み方と中盤までの不穏な空気感は圧倒的でした。
・何が起きているのかわからない
・理解できないのに目が離せない
・次の話を見ずにはいられない
この感覚は間違いなく本作の最大の魅力です。
謎に思っている部分は佳境まで説明される事なく、語られてもなにか腑に落ちない感じがして、結果として尻すぼみに感じてしまいました。
映画版があえて多くを語らず、「謎」を残したまま終わった理由が、ドラマ版を見終えてようやく腑に落ちた気がします。『アナザヘヴン』は、真相を描き切るよりも、謎のまま提示する方が美しい物語だった・・・そんな気がします。
連続ドラマというフォーマットで“答え”を出そうとすると、どうしてもこの作品特有の異質さが薄れてしまうのかもしれません・・・
それでも「一生観られないと思っていたこのドラマを、最後まで観られた」その事実だけで、十分に価値がある体験でした。映画、ドラマ、どちらが優れているかではなく、映画が“完成形”、ドラマはスピンオフ、そんな距離感で捉えるのが、いちばんしっくりくる気がします。加藤晴彦など映画版のキャラクターも沢山出てくるのでファンの為のドラマと言えるかもしれません!
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